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『わたし、死んでやる!』
絵理は本気だった。
東京から平尾(福岡市)のマンションに越して来て1年が過ぎた頃だった。
バタン! と鈍い音がした。
絵理は、唐突に玄関の扉を開け、
吹き抜けの通路にあるフェンスへ身を乗り出し、
飛び降り自殺を図ったのである。
全体重の過半数が重力に従うと人は落ちる。
絵理の左脚を両手で掴み自分の身体の重みで彼女を支えた。
間一髪だった。
二人とも顔を見合わせる事もなく、暫くの間、沈黙が続いた。
ワタシは彼女を抱きしめる事もしなかった。
絵理とは、東京在住時に知り合った。
と、云うより取引先のブースでアドバイザーを務めていて
真剣に交際するまでの1年以上前から顔見知りの関係でもあった。
自分にとって『憧れの華』的存在の彼女を何気に誘ってみたのが
店舗リニューアルという絶好の機会が訪れた時だった。
小心者の私は、小さな紙に『今度、食事でもしませんか』と書いて
下には自宅の電話番号を添えてみた。
当時は、まだ携帯電話が普及する前、
“新しいモノ好き”な不動産屋のボンボンとか、地方巡業の芸人とか
時間に制約のないヤクザとかが、
新幹線の中で、トランシーバーみたいな大きなハンディホンをぶら提げて
『〇〇ちゃん、元気? 今、何、やっているの?』
『俺、今、新幹線の中、名古屋まで来たよ』
『夕方には東京に入るから、有楽町で飯でも食わない?』
などと、
当時の最先端機器を操る連中は、呆れる程、下らない会話をしていた。
勇気を出して、絵理にメモを残したものの
さて、電話は来るのだろうか?
その日は、寄り道もせず、颯爽と自宅アパートへ帰宅したのを記憶している。
トゥルルルル トゥルルルル
21時を回った頃だろうか、
アパートの片隅に置いてあったベージュの固定電話が鳴った。
、、、きっと絵理だ。
―当時、電話が来るのは郷里の母と横浜に住んでいた妹が時々掛けて来る程度で、
それも週に1度あるか否か。 母は昨日、電話で話したばかりで、
確率的には彼女しかいない。
胸が高鳴った。
『もしもし、大河原です。』
『あっ夜分にすいません。 私、片桐と申します。』
『洋さんですよね? お疲れ様です。 今、大丈夫ですか?』
『全然、平気だけど、電話来ないのかなぁって思ってた。』
『何だか、凄く嬉しい』、、、、、、、、、、、、、
『今週末、もし空いていたら食事でもしませんか?』
『ええ、いいですよ。』
彼女は乗り気であった。
待ち合わせ場所を吉祥寺駅のJR中央線と東横線の連絡通路に指定した。
彼女は三鷹界隈に住んでいて、私のアパートは高円寺にあったからだ。
吉祥寺なら、場合に拠っては渋谷や新宿もオプションになる。
最も都合が良かったのは、ここ吉祥寺で飲食して〇〇まで、、、、
憧れの絵理とデートが出来る。
ワタシは考えた。
今で言う、カミングアウトをどのタイミングでするかだ。
①吉祥寺駅で待ち合わせ =腰に手を廻してエスコートに応じるのか?
②何が食べたいとは聞かない=聞くのは、お酒飲めるの? この1点だ。
③何処で飲食するか? 吉祥寺なら洒落た居酒屋もあるが、しかし、
本来なら隠れ小料理屋の個室でまったりすべきだが、初デートだ。
良し、決めた! 『The Wine Bar』だ。
料理の味はともあれ、リーズナブルで都合の良い店だった。
ここならワインで攻めて、カクテルで口説き落とせる。
以下の対応が可能です。
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