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卑弥呼は、本当に卑弥呼だったのか?
2019/08/24 14:33



日本の歴史を語るときに、
日本で書かれた『古事記』や
『日本書紀』にあたらず、
わざわざ海の向こうで書かれた
文献に頼るというのは
大いに問題があると思いませんか。

皆さんもすぐに気がつくはずです。

当時は今ほど交通手段が
発達していませんでした。

飛行機や電車はもちろん、
船だって大したものはなかったでしょう。

もちろん、新聞もテレビも
インターネットもありません。

そんな時代に、海を隔てた朝鮮半島や
シナ大陸に住む人々が日本について
どれほど正確な知識を持っていたでしょうか。

人の行き来すら限られていた時代に、
いったい何がわかるというのでしょうか。

もし知っていることがあったとしても、
せいぜい場所が近い九州北部あたりの人々と
貿易などをしていて交流のあった人たちが
耳にした噂話程度のものだったに違いありません。

彼らはその噂話を
自分の国の歴史に書いたのです。

たとえば日本について書いたものとして
卑弥呼や邪馬台国について触れた
『魏志倭人伝』が有名です。

これは『三国志』の「魏書」にある
「東夷伝」中に含まれていて、
三世紀の末頃に書かれたといわれています。

「東夷伝」の「東夷」というのは
「東のほうの蛮族」という意味です。

そんな海の向こうの蛮族について、
どれほどの関心を抱き、
どれほどの知識を持っていたでしょうか。

おそらく「東のほうにどうも島があるらしい、
その島の名前は『やまと』というそうだ」という、
噂の噂ぐらいのレベルで耳にしたことを
書いたと考えるほうが妥当でしょう。

邪馬台の「台」は「と」と読めますから、
「やまと」に「邪馬台」という漢字を
当てて書いたのでしょう。

しかも相手には野蛮国という
先入観がありますから、
「邪」という悪い漢字を使っているわけです。

そこの支配者は卑弥呼という
女王であるというのも、
どこかで耳にしたことなのでしょう。

日本人から見れば卑弥呼は
「日の御子」です。

日本人は昔から天皇のことを
日の御子と読んでいたのです。

だから、卑弥呼とは
天皇のことなのではないでしょうか。

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